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メール 6通目

~メール6通目~

いつも通り、6時50分に目が覚める。
もう、習慣になっている。
携帯のアラームより先に目が覚めてとめる。
そして、テレビをつける。
ようやくの金曜日。
長い一週間だった。

そして、いつもと同じ流れ作業。
けれど、違ったことはメールが2通来ていたこと。

一通は良からだ。

「昨日、親父が倒れて、夜中に息を引き取った。
そのため、今日は加藤と一緒には桜井の家にはいけない。
悪いが一人で行ってくれ。すまんm(__)m
また落ち着いたらメールする。
ちなみに、電話はつながらないと思っておいてくれ」

この内容であった。

もう一通は優子からだった。

「全て捨てて!!
全て捨てて!!
そして、孤独を愛して。
そして、『アイ』に来て」

昨日の良のまねをしてロジック分解をしてみる。

――――――――――――――――――――――――――――
六通目
全て捨てて!!→全て捨てて!!

孤独を愛して

『アイ』に来て
――――――――――――――――――――――――――――

分解しかできなかった。
けれど、捨てるということは何かを持っているということ。
つまり、優子からみて不必要な何かを持っているのかもしれない。

いったい何だろう?

そして、もうひとつ。
『アイ』という言葉。
純粋に考えると
「会い」に来て。
かもしれない。
また
「愛」に来て。
愛して、ということかもしれない。
それに
「I」という私ということかもしれない。
また、「eye」という目、見るということかも。

まったくわからない。
けれど、今日は良に頼るわけには行かない。
これは、良にではなく、私に優子が送ってくれたメールなんだから。

悩みながらでも気がつくとベルトコンベアーに乗っている。

「おはようございます」

いつもの明るい声で現実に呼び戻される。
宮部だ。
そういえば、いつも元気だな。
まあ、良の言われたことを徐々にしていこう。
まずは、振り回すことだ。
そう考えるとちょっと楽しくもある。
苦痛だけじゃないベルトコンベアーもある。
昨日、良が教えてくれた。

「宮部、おはよう」

そう宮部に話してデスクに座る。
昨日からのメモを見る。

F電機に提案中の若手2名。
1名は今日結論が出るはずだ。
皆川さんなら、なんとかしてくれるだろう。
そして、もう一人。
地方から来る場合は帰省のこともある。
また、両親のこと。
難しいかもしれない。
けれど、今回の契約が確定すれば今月の目標達成は確実だ。
まあ、契約なんて誰でもできる。
成功というベルトコンベアーに乗ってしまえば。

とりあえず、進展が出れば皆川さんにメールしてくれるように伝え営業に出た。
そう、今日は久しぶりのトリトンスクエアと勝どき方面。

営業先には複写機械と書いておいた。
多分、そこにはいかないだろうけど。

「行ってきます」

また、誰に言っているのかわからないセリフを残して会社を出た。

四芳電機の外注窓口の会社としてYEEという会社がある。
関西にいたときにはお世話になった会社の東京支店だ。
それがトリトンスクエアにはある。

実際は関東では仕事らしい仕事はもらえない。
工場が少ないからだ。
尼崎、伊丹地区や京都。
そこが工場地帯だ。
営業に行くならそっち方面がいい。
けれど、ここに来るときはただのあいさつ回り。
そう、関西のときにお世話になった人が人事異動で関東に来ているのだ。

佐伯マネージャー。
この人に挨拶をしておこう。

ここに来た理由はそれだけだ。

佐伯マネージャーとの挨拶は短く終わる予定であった。
けれど、ひとつお願い事をされてしまった。

今いる事務員が一名急遽辞めることになったとのこと。
業務は簡単な経理とデータ入力。
いうなれば一般事務に少し経理が入ったレベルだ。
女性でビジュアルが良い人との内容。

いうならば受注だ。

基本的に私の会社、Mシステムは電気、電子、ソフト、機械がメインだが、それ以外にも医薬や生化学なんかも手を出している。
いうならば、お客様あっての商売。
依頼があったものに対応するのがよいことだ。

会社に電話をする。
皆川さんから、

「基本的に事務員は少ないんだ。
急ぎで在籍出向なら今いるうちの社員でもいいんじゃないのか?
期間はどれくらいなんだ?」

と聞かれる。

期間は3ヶ月。
新入社員が入るまでの短い期間だ。

「それであれば社内で公募しておくよ。
社内事務ならバイトを雇ってもなんとかなるからな。
折り返しすぐできそうだ」

皆川さんがそう話してくれた。

たまに、こういうイレギュラーも存在する。
いや、イレギュラーというものでもない。
ただのベルトコンベアーの一種だ。

そう思いながら、すぐまた来ますと佐伯マネージャーに伝えてYEEを立ち去った。

トリトンスクエア内を歩くと思い出すものはいつも同じだ。

***************************

「私、この曲が好き。
サザンは今まであんまり聞いてこなかったけれど、この曲は思い出だから」

優子のセリフは今でも鮮明に覚えている。

思い出は少し前にさかのぼる。

御飯を食べるために2階のモールに上がった。
パスタを食べた。
そして、そのときも流れていた。

『TUNAMI』が。

「私、この曲が好き。
サザンは今まであんまり聞いてこなかったけれど、この曲は思い出だから」

さらに思い出は少し前にさかのぼる。

「どこに入る?」

少し顔を赤くしている優子。
同じくらい顔が赤くなっている私。
そして、うるさいくらいの鼓動。

すこし前に告白をした。

さらにさらに思い出は少し前にさかのぼる。

「あの…」

話しかけることが途中で止まる。
同じトリトンスクエアに打ち合わせに来ていた優子と待ち合わせをしてからずっとこんな調子だ。
今日こそは告白をしよう。
そう、思っていた。
出会ってから、何度もデートを重ねてきた。
いや、時間は無理して作っていた。
今日も本当はここに用事はなかった。
いや、ただの挨拶周りだ。
いつでもよかった。
でも、この日にした。
理由は優子が今日『トリトンスクエア』にいるから。

「どうしたの、加藤くん。
今日は歯切れが悪いぞ」

いつものやさしい笑顔。
それだけが思い出の中の優子だ。

「あの…ちょっと歩かない?」

言いたいこと。
それとは違う。そんなセリフしか口からは出てこない。
そんなものなのか。

青色に統一されたイルミネーションを歩きながら、心臓の音とだけ格闘していた。

「座ろっか?」

優子がベンチに腰掛けた。

そこから頭の中は真っ白だ。
気がついたら告白をしていた。

「ありがとう。私も加藤くん好きよ。
あ、そうそう、ちょっとあっち向いていて」

そう言って優子はかばんから何かを取り出していた。
何かベンチに書いていた。

「今度、もし、一人で来るときがあったら探して見てね」

笑顔な優子。
なぜ、今までこのことを忘れていたんだろうか。

***************************

携帯のバイブでトリップから強制送還される。
会社からの電話だ。

皆川さんからだ。

内容は、先ほどのYEEの話し。
社内公募したところ、山口さんが立候補してくれたとのこと。
今日であれば時間が取れるためYEEに至急確認してほしいとのこと。

であった。
びっくりした。
山口さん、確かにビジュアルはかなりかわいいほうである。
顔だけならタイプ。
実際はそうであった。
けれど、今回の宮部の件もあってちょっと不安と安堵の両方がある。

良の言っていた二人の距離をあける。
妙な感じでうまくできたのも事実だ。
後は、時間の問題かもしれない。

YEEに連絡をして、今日の午後1時に再度アポイントをとった。
そして、会社にも連絡。
待ち合わせはトリトンスクエアのエスカレータを上がってすぐのところ。

仕事なんてベルトコンベアーに乗っていればできるもの。
そういって、空いた時間にベンチを探した。

ベンチはすぐに見つかった。
不安は、時間がたっているから消されているのではないかという事実。
ありうるかもしれない。
けれど、そのベンチを覗き込んだ。

「☆記念日☆
Y.SとR.KとS.S」

優子の筆跡だ。
この癖のある星マークは忘れない。
Y.Sは
優子.桜井。
R.Kは
亮.加藤。
それはわかる。
このS.Sは?
翔子.桜井なのか。

いったいいつから翔子はいるんだ。
私は誰と付き合っていたんだ。
これを優子は見せたかったのか?
それとも、今回とは関係ないのだろうか?

どこか私をつれていってほしい。
ここではないところに。




携帯がなる。
山口さんからメールだ。

「少し早くトリトンスクエアにつきました。
よかったらお昼食べたいんですがいいですか?」

とりあえず、ベルトコンベアーに乗ることに決めた。
そう、ビジネスライフというベルトコンベアーに。

山口さんはしきりに宮部とのことを聞いてきた。
ある程度流して、後は仕事の話をした。
付き合いのある佐伯マネージャーのため、どういう質問をするのかもわかっている。
事前に打ち合わせをしていれば問題のない話しだ。

山口さんと打ち合わせをすまし、YEEへと向かった。
商談はスムーズに終わる。
仕事なんてそんなものだ。

月曜日からの契約が決まる。
単価は低いがおまけみたいなものだ。

山口さんを先に返して、契約書の確認を行う。
月曜日からだと最低当日までに契約書は締結しておきたい。
事後になるよりは事前に終わらせておきたい。
そういうものだ。

契約は先方書式のため、帰社後にトマト運輸で月曜午前9時着便で送付しよう。

ひと段落してからメールチェックをする。

メールが2件。

1件は宮部からだ。

「採用担当の皆川さんから連絡がありました。
折り返し連絡ください。
後、今日は開けてくれてますか?  舞」

とりあえず、今日の夜のことは後回しにして皆川さんに連絡をする。

内容は
F電機に提案していた2名について。
先に提案していた若手は他者が落ちたため月曜からの契約が可能ということ。
それと、仙台の若手だが、東京に来ることは確定したが、月曜日着は厳しく、水曜日になる。
それでも可能かどうかを聞いてほしいとの事。

思ったより順調に物事が運んでいる。
仕事なんてそんなもの。
ただのベルトコンベアーだから。

F電機に連絡をして、詳細を伝える。
水曜日からでも問題はない。
そんなものだ。

ひとつの案件が終了。
そして、未読のメールを見る。

「高橋です。
加藤くんは、良のお父さんの告別式に参加する?
私、明日は予定あるから今日の通夜のみの参加なの」

高橋さんからだ。
そういえば、この前に会ったときメアドを交換したんだ。
不思議なものだ。
優子と付き合っていたときはそれほど仲良くもなかった高橋さんなのに、
優子がいなくなってから仲良くなっている。

もう少し前にこうなっていれば変わったのだろうか?
いや、どこでボタンを掛け違えたのだろうか?

けれど、良の父親の告別式。
悩んだ末、出ないことに決めた。
良自身とは仲は良いが、良の家族とは面識がない。
おそらく、高橋さんは良の家族と面識があるのだろう。

ただ、何もしないというもの悪い。
そのため、高橋さんには

「参加はできないけれど、香典だけお願いできますか?
もし、よかったら、行く前に新宿で待ち合わせしませんか?」

とメールを送信した。
立て替えてもらおうかと一瞬思ったが、そこまで高橋さんとまだ仲がよいわけでないので、申し訳ないと思った。

すぐに高橋さんから返事が来た。

「了解(^^)v
じゃあ、前と同じく新宿の南改札口のポストの近くに18時ね。
ちょっとお茶でもする?」

おそらく、仕事の途中だろう。
今日は契約が3件確定した。
契約書の締結や、社内稟議の作成。
損益シミュレーション作成。
することは多い。
だからこそ、息抜きもしたい。
どちらかというと書類作成は得意じゃない。
うまく乗り切れていないベルトコンベアーのひとつだ。

「OKです。
仕事の途中で抜けるのでそんなに時間は取れませんが」

高橋さんにメールを返し、早めに帰社することに決めた。
都営大江戸線にのり、新宿まで向かう。
地下鉄はあまり好きじゃない。
やはり、景色が見えているほうが安心をする。

新宿駅に着く。
駅に着くとメールチェックが習慣になっている。
地下鉄だと急ぎのメールが来ていて気がつかないケースが多い。
過去に一度連絡が遅れて契約を逃したことがある。
そんなベルトコンベアーの故障みたいなものは避けたい。

メールが1件。
留守番電話が1件。

まずはメール。

「今日の夜、落ち着いたらここに行ってほしい。
昨日、言っていた宮部のことがわかると思う」

良からだ。
メールには住所が記載されていた。
新宿歌舞伎町。
なんとなく、推測はできた。

そして次に留守番電話。

以前の警察の方だ。
優子からのメールの解析をきいたのだ。

内容は優子が私宛に送っているメールは7件。
そして、最初のメールだけが更新が、最後に書き換えられているとのこと。

よくわからなかった。
後で考えよう。

「お疲れ様です」

また、誰に言っているのかわからないセリフをいっている。
死んだ言葉だ。

けれど、違和感はどこにもない。
そう、この現実こそが腐敗しているセピアな、世界。

今日は忙しすぎてトリップしていない。
どこかに心の安らぎを求めている。
多分、もう、手に入らないものだ。

「お疲れ様です。
今日は大丈夫ですか?」

宮部が近づいてきた。
そういえば、宮部にはメール返信していなかった。
忘れていた。
いや、覚えていたが心のどこかで返信を拒否していたんだ。

宮部には親友の家族に不幸があったこと。
今日は仕事で遅くなること。
だから、今日は無理なことを伝える。

「わかりました。
じゃあ、明日はどうですか?」

宮部の攻撃はまだ続いていた。
仕方なく、明日は宮部と時間を割くことに決めた。
この1週間。
色々なことがおきすぎて休憩したがっている。
けれど、まだ休むわけにはいかない。
今日は優子の部屋に行かないといけないんだから。

仕事を一つひとつ片付けていく。
書類作成という単調な仕事をしていると、子供のころ見た空を思い出す。

単なる逃避かもしれない。
時計を見るともうすぐ18時。

「ちょっと出てきます」

上司に報告をして会社を出た。
ちょうど宮部が給湯室に席をはずしている時に会社を出た。


新宿南改札口のポスト近くに高橋さんはいた。
相変わらず。きれいな人である。

「この間はもやもやつくって、ごめんなさいね」

高橋さんが謝ってくれる。
もう、過ぎたことだ。
それにしても、高橋さんは良とはやり直さないのだろうか?
なんとなくふとそう思った。

「どこでお茶します?」

この近くだとルミネのどこかだろうか?

そうね、じゃあちょっとだけ歩きましょうか?
そういって、高橋さんは南口から歩いていき、エスカレータを降りて、歩き出した。
ロッテリアの近くで曲がって、さらに曲がったところにある店。

やきたてケーキ、ケーキサロンと書いてある地下の店だ。

「ここのスフレすごくおいしいの。
優子も大好きだったのよ」

高橋さんが教えてくれる。
私の知らない優子の事実だ。
私はいったい優子のどれだけを知っていたのだろうか?

店に入りスフレを待っている。

「でも、良も大変よね。
お父さんまだ、若かったのに。
それにお兄さんの件もあるし、一人で重くないのかしら。
でも、絶対良は弱音を見せないのよね」

高橋さんが何気なく語った。
お兄さん?
良に兄がいたんだ。
そういえば、良のこと親友だと思っているが、家族構成とかも知らない。

お互いのプライバシーの尊重。
そう、私はあまり人の何かに踏み込もうとしていない。
いや、知らなさすぎなのかもしれない。

「良のお兄さんって何か問題でもあるの?」

プライバシーの尊重より知る権利のほうが勝ってしまった。
そう、思うことにした。

「加藤くんって何も知らないのね。
良のお兄さんは違う世界の住人なの。

あっスフレきたわよ。
おいしいんだから」

もう、スフレに興味が集中している高橋さんはわかりにくい表現だけ残してくれた。

「違う世界の住人ってどういうことです?」

気になって、やきたてスフレがしぼんでいくのをただ見ていた。

「良のお兄さん。昔、人をころしちゃったの。
だから、今は塀の中にいるのよ。
その反動もあって良はしっかりしているんだと思うし、相談にも乗れるのだと思うの。
ほら、精神カウンセラーの人はだれよりも自分自身をカウンセリングしているって。
私、そう聞いたことがあるのよ。
でも、苦しみを乗り越えて人だからこそ助言ってできると思うのね。
だからこそ思うの。
良は苦しくなったら誰か相談する人がいるのかなって。
なんか誰も良の手助けはできていないんじゃないかな。
ユングやフロイトが師匠みたいな人だから」

スフレを食べながら高橋さんは話している。
途中どこか音声が遠くになっていくのを感じた。

私は良のこともよく知らない。
気がついたら子供のころに遊びについていけなくて『ごまめ』にされていたのを思い出していた。

「でも、気にしないでね。
良は強いから。
でも、良のやさしさはちゃんと良が認めた人にだけ向けられるのよ。
私、ちょっとそれに気がついちゃったから。
じゃあ、そろそろ行くね」

高橋さんはそういい残して小田急線に乗っていった。

良が認めた人。
私はいったいいつ認められたのだろう。
私のいったいどこを認めてくれたのだろう。

知りたいという思いと、聞きにくいという思い。
多分、両方なのだろう。

私はメールチェックをしてから会社に戻った。

メールは1件。

「どこにいるんですか?」

宮部からだった。
突然消えたからびっくりしているんだろう。

「ちょっと出かけてました。
もう戻るよ」

30分も席ははずしていない。
まあ、先方と電話で打ち合わせしていたといえば大丈夫だろう。
会社もそこまで問い詰めない。
そう、結果さえ出していれば細かいことは言われない。
そういう社会だ。

会社戻ると宮部が何か行ってきたが、仕事が多いのと上司に呼ばれたのが幸いして、先に宮部が帰った。

良がメールをくれたところに宮部はいったのだろう。
そして、私がそこに行ったときの宮部を想像してみた。
狼狽するのだろうか?
ちょっと期待している自分がいる。
それも事実だ。

書類作成が終わると時刻は21時だった。
それから、あまり足を踏み入れたことのない歌舞伎町へと向かった。

メールが来る。
良からだ。

「今日は宮部のいる店に行っても宮部には声をかけるな」

理由がわからなかった。
もう、宮部への思いはこれっぽっちもない。
後は、時間をかけて社内のうわさを変えていくだけ。

ここまで来て帰るのもどうかと思った。
悩んでいると目的地までたどり着いてしまった。
仕方のないことだ。
知りたいという欲求は抑えられないもの。
まあ、店を見るくらいならいいか。

「今日はどうもありがとうございました」

明るい声が路上に響く。
聞き覚えのある声だ。

そう、いつもより化粧の濃い、いつもより露出の高い服を着た宮部がそこにいた。

「加藤・・・さん」

一瞬狼狽した宮部がそこにいた。
ボーイの人に気がついたら店に連れ込まれていた。
横には宮部がいる。

「びっくりした。
来るなら来るって言ってくださいよ。
加賀谷さんから聞いたんでしょ。
あの人もよくここに来ていたから。」

宮部が何もなかったように話す。
いや、それより良がよく来ていたということのほうが驚いた。
確かにストレスの発散にお酒を飲んでいたのかもしれない。

別段不思議ではない。

「なんか暗いですよ。
どうしたんですか?」

宮部がさらに語ってくる。

「ごめん。
こういうところの女の子と付き合うのはちょっとね」

思わず本音が出た。
宮部がキャバクラで働いていることを隠していて、見つかって狼狽したのだと思っていた。
けれど、いきなり私が現れたことでびっくりしただけだった。
神経の太さ。

ある意味尊敬に値するとも思った。

「こういうところって。
キャバクラ。
こんなの今時の女の子なら普通ですよ。
それに、こういうところで女を磨いているほうがいいでしょ。
加藤さんの彼女だって…」

いきなり体温が上がった。
飲みなれないウイスキーのせいではない。
宮部に優子の語ってほしくない。
その思いのほうが強かった。

「彼女のことは口にするな」

強く言葉が出てしまった。
沈黙が続く。

「すいません、失礼します。
こんにちは、りかです」

明るい声が響き渡る。
女の子がもう一人来た。
そして、乾杯。
私の知らない流れ作業。

とりあえず、時間が着たらすぐに出よう。
そして、優子の部屋に行こう。

そう思っていた。

「そうそう、舞ちゃん。実は今日でやめちゃうんですよね。
なんか、玉の輿にのるとかいってましたよ」

横にいる宮部がびっくりしていた。
いや、それ以上に私がびっくりした。

会社では実家のことは内緒にしている。
どうして宮部が。

「りかちゃん。
この人なの。
この人会社の御曹司なのよ。
しかも結構大きい。
私ね、実は高校生のときそれをしって、狙っていたの。
でも、この人なかなか心を開いてくれなくて。
でもでも、ようやくこの前結ばれたの。
でねでね、早く結婚したいの。
もう、こんな生活からおさらばしたいの。
テレビやドラマで見ているようなリッチな生活するの。
それだけが夢だったの。」

宮部のセリフは驚愕だった。
確か、宮部は高校のときの後輩。
ぜんぜん覚えていないから、今まで気にしなかった。
チェックメイトだ。
また、どこからか声が聞こえる。

「おかしいんじゃないの?
そこに愛はあるの?」

口から出る言葉は弱くなっていた。

「でも、加藤さんの彼女もそうでしょ。
私なんで加賀谷さんが来ていたのかわかったわ。
加藤さん何も知らないのね。
でも、私そういう人大好きよ。
今回、私のことは知ってしまったけれど、もうどうすることもできないでしょ」

高飛車な、今まで見たこともない宮部がそこにいた。
少し前までは、宮部でもいいかと思っていた。
そういう気持ちも確かにあった。
けれど、宮部が純粋に私を好きでいてくれているのかと思った。
だからこそ、かわいいと思えた。
それも事実。

真実は違った。
宮部は私じゃなく、背後にある福沢諭吉を見ていたんだ。
けれど、引っかかること。

良がここに来ていた理由。
ストレス発散以外に何かあるのか?

「加藤さんの彼女。
ここで働いてたのよ。
そして、その人にいつも加賀谷さんがが来てたの。
加藤さん、何も知らないのね。
かわいそう」

宮部の一言ひとことが耳に障った。
もし、殺意を抱くというのならばこのときなのかもしれない。
けれど、優子がキャバクラで働いていた。
何かの間違いだ。
いや、それは優子なのか。
もしかしたら翔子?
だから良がいたのか?
どうして、良はそれを言ってくれない。

***************************

「あなたって繊細なのね」

優子が言ったセリフ。
よく覚えている。
他人の目が気になって、臆病になる。
一度、ほかの男性と会うのをやめてほしいといったときのことだ。

「心配ならもう、会わないよ。
だって、私には必要ないから。
だから、傷つかないで」

やさしいセリフ。

「あなたって繊細なのね」

どこまでもこだまする。

***************************

「ご延長のほうはどうされますか?」

ボーイの声でトリップから戻される。
気持ちが悪い。
飲みすぎたのかもしれない。
いつもは飲まないウイスキー。
飲みなれていないせいか、かなり酔っている。

気持ち悪いのはウイスキーのせいだけではない。
そう、知りたくない事実ばかりが押し寄せてくるからだ。

「帰ります」

弱々しくでた言葉でどうにか店をでた。

わからない。
何もわからない。
誰かこの迷宮の出口を教えてくれ。

心の叫びとともに向かった。
そう、優子の部屋へ。

相変わらず、殺風景な部屋。
寒い。
そういえば、今日は寒くなると天気予報で言っていた。
エアコンをつける。

微妙な音がでる。




***************************

「最近エアコンの調子が悪いの。
こういうのってわかる?」

優子が言っていた。
ここはどこだったかな。

そう、優子の部屋だ。

私の会社は技術派遣。
主に電気、電子、ソフト、機械を扱っている。
けれど、扱っているだけで、詳細はわからない。
こういうときは何の役にも立たないものだな。

「ごめんな。
あんまりわからないんだ。
今度大家さんに伝えて直してもらおうよ。」

***************************

そういえば、エアコンは調子が悪かった。
そのうちあったかくなるだろう。
そう思うことにした。

この優子の部屋に来た理由。
そして、違和感。

重くふらつく頭を少し振ってみた。
水を飲む。

まず、指輪を探そう。
それが一番早いかもしれない。

それほど探す場所はない。
指輪はあった。
CDにセロハンテープで貼り付けられていた。
CDはバンブオブチキン。
そういえば、バンブオブチキンのアルバムの中にも『K』というタイトルの曲があるな。
思い出した。

***************************
「私、バンブオブチキン大好きなの。
特に天体観測。
星って、空っていいよね。
もし、満天の星空を草原に寝て見上げたら幸せだろうな」
***************************

優子がそういっていたのを覚えている。
今、指輪がついているCDに入っている。
そう『天体観測』が。

携帯がなる。

優子からだ。
時刻は0:00。
日付がいつのまにか変わっていた。


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